「モイスティーヌに出会ったのは」
23歳で結婚してから息子2人に恵まれ、専業主婦を満喫していたのですが
32歳の時に同居をしていた母の入院を期に、「少しは働かなくてわ」と
保険外交の仕事につきました。
そこで、伺ったお宅がモイスティーヌ基礎美容法を取り入れたばかりの当時
自宅サロンをなさっていた所でした。
20代は日焼け止めも付けずに子供達と公園で遊んだり、お化粧は大好きで
しっかりメイクをするのに大したお手入れを全くせず、仕事に出るようになってからは
若さに甘えファンデーションも落とさずに寝てしまったり
みるみる肌はクスミ、ファンデーションは濃くなり、たるみも気になり出した頃!
まさに肌トラブルを感じ出した頃にモイスティーヌに出会いました。
モイスティーヌを始めての変化
とは言え、それまで使っていた中途半端な化粧品達が山の様にあったので
モイスティーヌ一式を揃えいても大してお手入れせずにいた頃です
「モイスティーヌの日帰りの研修会があるから!勉強になるから!」と誘われ
参加した時のことです。
いつも通り、しっかりフルメイクをして会場入りした私は、直ぐに「えっ!何?
この美容法!!えっ!えっ!凄いかも!!!」と。
ふと周りの参加者を見てみたら、3〜40名参加していたと思いますが
全員ノーファンデーション!!
そして綺麗で生き生とした輝きがありました!それに比べ当たり前のように
厚化粧していた私は急に恥ずかしくなり、トイレに駆け込みファンデーションを
取り去りたいと思ったのを鮮明に覚えています。
その日から、中途半端に残っていた化粧品達を全て捨て、毎日欠かさずに
モイスティーヌでお手入れをし、肌の質感が変わってきた頃
ノーファンデーションで会社に行ってみようかな〜と思うようになり決行してみました!
会社のディスクで書類を作っていたら、先輩に「何かいつもと違わない?」と言われ
ファンデーションを付けていないことを告げると、とてもビックリされ、凄くない?
って見つめられとても嬉しかったのを覚えています。
その日以来私はノーファンデーションライフを送っております。
アドバイザーになるきっかけ
私の肌変化を見てか、同僚等数人がモイスティーヌを使い出した頃
モイスティーヌインストラクターという存在を知り
インストラクターを目指す=仕事を始める という選択をしました。
モイスティーヌインストラクターとは全国の地域で行う研修会やイベントで
講師など行う仕事です。
モイスティーヌの研修会はお肌の仕組みや構造が中心で、なぜトラブルが
起こるのかを深掘りして教えてくれる研修が中心です。
まずは、人に伝えるためには自分自身が多くの肌トラブルのアドバイスが
できないと、自分のお客様を増やしても失礼だとおもい
しっかりと答えていく為にも、とにかく参加できる研修会は全て参加していました。
なぜなら多くのお肌の悩みがあり、トラブルがあり、原因があり‥‥
そして、お客様が徐々に増え、お客様の先のお客様が増えたりしてきた頃
念願のインストラクターへのお話がありました。
私にとって憧れではありましたが、それよりもっともっとお客様にしっかり
アドバイス出来る知識が付けられるチャンスとおもい2年間務めさせていただきました。
一生の仕事
インストラクターの仕事と同時期位に、1人親となり
息子2人を育てていく覚悟を決め!!
モイスティーヌで生計を立てると覚悟が決まると、一緒にお仕事をする
アドバイザーを目指してくれる仲間が増えていきました。
インストラクターのお役を降りてからは、代理店としてお店を構えて
サロンで接客が出来る様になっていき
今では、大宮駅前でサロンを経営するようになりました。
モイスティーヌも、全国にサロン展開し、研修会の充実によりプロの
美容家を増やし、今では毎回活気があふれた研修会が行われ
20代から70代以上のアドバイザーまで、生き生きと働いております。
アドバイザーという仕事は、お客様のお肌に向き合い
一緒にお肌変化へ導いていく、アドバイスしていくお仕事です。
お客様からは「モイスティーヌに出会ってよかった!」
「嬉しい!ありがとうございます。」
「自信が持てるようになりました」等素肌に自信を持ち
ノーファンデーションで過ごされている方が本当にたくさんいらっしゃいます。
お肌が変わると本当に人生が変わるんだなと思います。
そればかりか、私に会うと「元気なる!」
「力をもらえる!」
「また1ヶ月頑張ります!」等、とても嬉しいお言葉も頂けます。
私もお客様から力を頂き、一緒に喜び、一緒に一喜一憂し
一緒に輝く人生を送らさせて頂いております。ありがとうございます。